タスク管理をしたり、スケジューリングを気をつけたり、先延ばしを避けて「手をつける」ことができるように何かと工夫したりしている毎日です。が、こんなツイートを読みました。
過剰訓練になり、エネルギーを使い果たしてしまう
@sunny10635310
なるほど、子どもじゃなくてもう大人ですが。過剰訓練傾向で、常にエネルギー使ってしまっているかもしれません。
子ども時代は、例えば夏休みの宿題は比較的楽しかったり楽なものには先に手をつけて終わらせておき、残りは後でわーっとまとめてやったりしていました。自然と自分に合った形でやっていたのですね。親が早起きして毎日こつこつやっておきなさいよ、などと(ADHDにとっては余計な)アドバイスや指導をしなかったおかげで、あまり苦悩を感じることがありませんでした。
むしろ大人になってから、ADHDであることを知らず、だめだ、ぎりぎりに手をつけるなんて大人として…という自罰的な発想になってしまっていました。
まさか「ギリギリセーフにならず、余裕を持って終わらせよう」という意識による過剰訓練が、逆に「ギリギリアウト」の状況を生み出していたとは。
折しも、先日のカウンセリングで相変わらずぎりぎりまで手をつけられないという話をしていた際に、「手をつけられないというマイナスの側面ばかりに目がいきがちだけれど、その局面で出るスピード感と高い集中力はものすごいプラスだよ」ということを言われました。そういう観点で捉えたことはなかったので、自分の先延ばしの中にプラスがあったことにびっくり。
目から鱗ぼろぼろ。むしろどこで手をつけるか、という見極めさえできるようになれば、最小限の負担で集中してよい結果を出せるようになるってことか。
これは、生きづらさの解消に直結しそうなので、もう少しまとめて考えてみたいと思います。